許容される日本語

日々変化する日本語。すでに許容されたのか、まだ誤用と扱うべきなのか。徒然なるままに考えます。

*当blogより引用する際は出典を明記してください。

これに懲りずに

「これに懲りず、またお誘いいただければ幸いです」?
それは「懲りる」の使い方がまちがいでしょ、そんな失礼な詫び状じゃ火に油を注ぐでしょ、と思うのは、いまや少数派らしい。
なんたって上の文は日本郵便の「お手紙文例集:お詫び」からである。
いや日本郵便が敬語やビジネスマナーの規範だとは思ってないけど、超の付く大手企業が自信をもってお客さまに教えを垂れちゃってくれてるからには、「これに懲りずに」は、お詫びのことばとして奨励されこそすれ忌避などもってのほかなわけだ。
Q&Aサイトなんかでも、「懲りる」の意味は「ある事をした際にいやな目にあって、再び同じことをする気力がなくなる」(Yahoo!辞書:大辞林)だからいやな目にあった客にまた利用してほしいという気持を表すのになんの問題もない正しい敬語だ辞書くらいひけ、とか回答されてたりします。が。
「これに懲りずに」は敬語じゃありません。
「懲りる」の主語はお客さまなので尊敬語を使うと、「これにお懲りにならず」「これに懲りられず」になります。……へんですね。


さてここで、「恥じる」を尊敬語にしてみましょう。「お恥じになる」「恥じられる」……これもへんです。
「誤る」>「お誤りになる」「誤られる」、「劣る」>「お劣りになる」「劣られる」、「怖じける」>「お怖じけになる」「怖じけられる」……文法としてはまちがっていませんが、こんなことばを使ったら非常識だと評価されます。
「恥じる」「誤る」「劣る」「怖じける」といったことばはネガティブな意味をもちます。あなたは恥じてますねとか劣ってますねとか面と向かって口にするものではありません。相手に対する尊敬を表す尊敬語がなじまないのは当然です。


それでは別の辞書で「懲りる」を調べてみましょう。
「失敗してひどい目にあい、もうやるまいと思う」(Yahoo!辞書:大辞泉
重要なのは「失敗して」です。
あなたは失敗しましたね、と指摘しても許される状況は限られます。相手に対する尊敬を表さねばならない状況がそれにあてはまらないのは自明のことです。
「これで懲りただろう。もう悪いことはするんじゃないぞ」
「ギャンブルでとうとう借金までするなんて。あなたは懲りるってことがないの」
こういった例文なら「懲りる」を用いるのはしっくりきます。「懲りる」の主体が失敗を犯し、それを反省して二度としない、という語義どおりの意味で使われているからです。
「こんなひどい二日酔は初めてだ。これに懲りてもう深酒はしない」
「懲りる」は、このように自分またはごく親しい相手か目下の行為について用いるのがふつうで、目上の行為については用いません。


店(や企業)が詫びる場合、「失敗」して「反省」するのは店のほうです。客にとってはひどい店を選んでしまった「不運」であって「過失」ではありません。なのに客を主語にして「懲りる」を用いると、「懲りるのはそちらでしょう!」と怒りを増幅させるのです。


ざっとwebを眺めただけでも、「これに懲りずにまたご利用ください」式の詫び状に違和感を覚える人は少数派であれ稀ではなさそうです。100人中、49人かもしれないし十数人かもしれないが、一人二人ではない、というところでしょうか。
ビジネスマナーサイトや本に「これに懲りずに」がお詫びのことばとして奨励されていようと、それがクレーム対応の失敗につながる可能性があるってことを、店や企業の接客/苦情処理担当者は頭に入れておいてほしいなぁと思います。
ビジネスマナーサイトとかビジネスマナー本とか、あんまり信用しちゃだめだよ〜。




附記。この記事、「これに懲りずに 言い換え」とかで検索するとヒットするみたいですね。その辺りは書いてなかったので、以下、加筆。


まず大前提として、客の怒りに再点火しないためには、「失敗し反省する」を意味することばを客を主語にして用いないこと。
「失敗し反省する」のは自分たち(店や企業)です。わたくしどもは心より反省しております、と誠実に伝えることが重要。
てことで、「これに懲りずにまたご利用ください」を書き換えるなら、


このたびは誠に申し訳ございません。二度とこのようなことのないよう努めてまいります。今後ともご利用いただけましたら幸いでございます。
(不手際の経緯を説明するとか具体的な業務改善策を明記するとかいった詫び状の基本事項も忘れずに)


てな感じでどうでしょう。
もちろん、いちばんだいじなのは、真摯な反省と効果的な業務改善ですけども。