許容される日本語

日々変化する日本語。すでに許容されたのか、まだ誤用と扱うべきなのか。徒然なるままに考えます。

*当blogより引用する際は出典を明記してください。

無安打無得点/無安打無失点(ノーヒットノーラン)

野球用語のクイズで、四死球や失策で出塁を許してしまってもノーヒットノーランは記録されるか、との設問があったりします。
答はイエス
「ラン」は走者でなく得点のことであり、ヒットを打たれずかつ点を与えなければ、フォアボール等で何人ランナーを出そうがノーヒットノーランです。

では、「ノーヒットノーラン」を漢語にすると?*1
無安打無得点」がふつうです(日本野球機構の公式サイトでも「無安打無得点試合」)が、「無安打無失点」ともいいます。
ただ、論理的には、「無安打無失点」にはいささかひっかかる点があります。
MLBの投手成績表では、失点は「R」で示されます。「runs」の略です。英語にも「失点」を表すことば(「run allowed」)はあるものの、日本語ほど「得点」と「失点」を厳密に使い分けないようです。投手の自責点も「earned run」といいます。「earn」は「1〔金銭など〕を働いて得る〈後略〉」(旺文社シニア英和辞典新訂版)ですから、ニュアンスとしては「打者が稼いだ得点」ですね(失策が絡むなどして自責点にならない失点=打者が稼いだわけではない棚ぼたの得点は「unearned run」)。日本語の「投手が自ら責任を負う失点」とは印象が異なります。
日本語の感覚では、同じ点でも、打者の視点では「得点」、投手の視点では「失点」。だったら、投手が達成したノーヒットノーランは「無安打無失点」?
いえ、もうひとつ注意すべきことがあります。「安打」は投手の行為ではないのです。「安打する」のは打者です。論理的に正しく投手の視点で表現するなら、「無被安打無失点」でしょう。
「攻撃側に安打も得点もなかった試合」の意で「無安打無得点(試合)」のほうがすっきりするように思います。

これほど細かい指摘は措くとしても、次の文はみすごしたくないものです。
「広島加藤の前に2奪三振2四球と抑え込まれた」(4月8日付日刊スポーツ)
この文の主語は東京ヤクルトスワローズ山田哲人選手です。山田選手を主語に受身形にするなら「2三振2四球と抑え込まれた」でなければなりません。「三振」を「奪」ったのは広島東洋カープの加藤拓也投手なのですから。
なお、加藤投手の視点からみれば「2奪三振2与四球と抑え込んだ」となります。*2
このように、文の主語や、述語はだれの視点からみたものか、といったことを常に意識するのは、論理的に破綻のない文章を書くうえでとても有用です。



*1 「ノーヒットノーラン和製英語」といわれるので、「日本語にすると?」とは書けません(和製英語は日本語。なお、漢語は「〈前略〉2 漢字音から成る単語。漢字の熟語〈後略〉」〈新小辞林第二版〉)。ところで、たしかに英語では通常「no-hitter」「no-no」で、そもそもMLBの記録としては失点の有無は問わない(ヒットさえ打たれなければよい)のですが、和英辞典をひくと「no-hit,no-run」。ぐぐると「no-hit no-run game」という表現がなくもないようです。MLBの記録要件とは無関係に「無安打無得点の状況」を表す英語が存在するのでしょうか。「ナイターは和製英語」にも反論がありますし、「和製英語かどうか」の判定はなかなか難しいものですね。
! とはいえ実用的には、英語で話す/書くなら「no-hit,no-run」でなく「no-hitter」を用いましょう。


*2 4打席で2与四球、しかも二つめは唯一の失点の呼び水となったとあれば「抑え込んだ」と表現してよいのか迷いますが、文法上は。




蛇足。
英語で「complete game」は完投のことです。完全試合は「perfect game」、完封は「shutout」です。以前webで、complete game=完全試合との記述を見たので、念のため。