許容される日本語

日々変化する日本語。すでに許容されたのか、まだ誤用と扱うべきなのか。徒然なるままに考えます。

*当blogより引用する際は出典を明記してください。

申し伝える/申し上げる

先週ちらっと落語家の襲名取消が話題になりました。これを報じた新聞記事で気になったのが、「申し伝える」の用い方です。
「落語界であしき前例を作るのは良くないとは申し伝えました」(3月3日付スポーツ報知)
コメントの主は林家正蔵、彼が「申し伝え」た相手は三遊亭好楽です。
正蔵は林家一門の長ではあるものの、別の一門に属し(身内ではない)年齢が上で落語家としての芸歴も長い好楽については、目上と扱って話すべきだろうと思ったのです。


上記のコメントのどこが、好楽を目上と扱っていないのでしょうか。
たしかに、「申し」と敬語*が使われています。謙譲語の「申す」は、自分や身内を低めることによって敬意を表すものです。
ただしここでは、自分の行為を謙(へりくだ)って表現したとはいえ、好楽に敬意を示したわけではありません。好楽を敬う表現は「申し上げました」(または「お伝えしました」)です。
「申し伝える」(敬語の場合)と「申し上げる」はどちらも告げる行為の謙譲語ですが、告げる相手に対する敬意が異なります。
「申し上げる」なら、告げる相手を敬っています。「おかあさんに申し上げました」は母親への敬意を示します。
これに対して「申し伝える」は、母親=告げる相手でなく、話す相手=「母親に告げること」を話している相手を敬う表現です。「母に申し伝えました」で示されるのは話相手への敬意であり、母親は身内として低められています。
つまり、「申し上げる」と「申し伝える」のどちらを用いるかによって、「告げる」という行為のみならず、話し手の敬意がどこに向いているかも示すことになるのです。
たとえば、顧客から、自分の上司の鈴木課長への伝言を預かったとします。
「その旨を鈴木課長に申し上げます」といってしまっては、身内である鈴木課長への敬意を示しておいて、肝腎の顧客への敬意は示されません。これでは顧客の不興を買ってしまいます。
ここは「その旨を鈴木に申し伝えます」**というべきです。
上記のコメントについても、正蔵が、落語界全体を身内と捉え、記事の読者≒社会全般への敬意を示したのであれば、問題はありません。


敬語を適切に使用するには、まず、だれを敬うのかを明確にすることです。
上下関係へのこだわりは減っているものの、尊敬語や謙譲語を使いこなす必要はしばらくなくなりません。「この場で敬うべきはだれか」を意識して敬語を用いましょう。



*念のため。尊敬語⊂敬語であって、敬語=尊敬語ではありません。
**人名+肩書は敬称にあたるので、「鈴木課長」は社外の人に対して用いるべき呼称ではないとされます。とくに顧客に対しては、「鈴木」もしくは「課長の鈴木」が原則です。