許容される日本語

日々変化する日本語。すでに許容されたのか、まだ誤用と扱うべきなのか。徒然なるままに考えます。

*当blogより引用する際は出典を明記してください。

していただきますようお願いします

先々週の記事で書きたかったものの、論旨がずれるので別記事にしました。



「いただく」に関して混乱があるようです。
1.「いただく」を尊敬語として用いる
2.「ご利用いただけます」などは誤用であるとする


まずは1.について。
「いただく」は「もらう」の「謙譲」語です。
謙譲語とは、自分を低めて相手への敬意を示すことばで、自分の動作について用います。相手の動作を謙譲語にすると、相手を低めてしまいます。
申込書を提出してほしい、を尊敬語にする場合、「申込書をご提出ください」がすっきりとわかりやすく敬語としても問題のない形です(依頼文の尊敬語について詳しくは過去の記事をご覧ください)。
ところが近年、「申込書をご提出いただきますようお願いします」といった表現が増えました。「申込書をご提出ください」よりも好まれるように感じます。
ただし、あくまでも、「『いただく』は『もらう』の『謙譲』語」なのです。「いただきます」「お願いします」と謙譲表現を使っても、要は「申込書を提出してもらう」です。「申込書をご提出ください」なら「申込書を提出してくれ」なので依頼ですが、「申込書を提出してもらう」では強要することになります。
「申込書をいただきますようお願いします」で考えるとわかりやすいかもしれません。「申込書をもらう」のは自分ですから謙譲語「いただく」を使うこと自体は誤りではないものの、「『申込書をもらう』のは自分」であることが問題です。自分の動作を相手にお願いするのはおかしいでしょう。
相手が申込書を提出してくれなければ自分が申込書をもらうことはできません。このため、「くれる」の尊敬語である「くださる」を用いて「申込書をご提出ください」とお願いするのです。


なお、「ご/お○○する」は謙譲語です。相手の動作に用いてはいけません。「ご提出していただきますようお願いします」も「ご提出してください」もまずその点で誤りです(「ご提出して」は「ご提出する」の連用形+助詞「て」)。
「提出してください」なら誤りではありませんが、敬意の程度が低いため、顧客や上司に対しては「ご提出ください」を使いましょう。ちなみに、「ご提出ください」、「ご提出くださいますようお願いします」、「ご提出くださいますようお願いいたします」、「ご提出くださいますようお願い申し上げます」の順に敬意の程度が高くなっていきます。


つぎに2.について。
企業等が客に対して「ご利用いただけます」などと使うのは誤用だと断じる根拠は、「利用する」のは客であるから、客の動作に謙譲語を用いてはならない、ということのようです。
たしかに客が利用するのですが、企業は利用してもらうことで利益を得ます。当社を利用してもらってありがたい、と感謝を示して客への敬意を示す用法です。つまり、「(企業が)利用してもらう」の謙譲語であって、「(客が)利用する」の謙譲語ではありません。
「ご利用いただきましてありがとうございます」は「利用してもらってありがたい」、「ご利用くださいましてありがとうございます」は「利用してくれてありがたい」であり、どちらも規範に則った敬語表現です。
自分が「もらう」-「いただく」、相手が「くれる」-「くださる」を判別できれば理解が容易になるはずです。
また、客の動作を尊敬語にした「ご利用になれます」は、正しい敬語ではあるのですが、「利用できる」の尊敬語だということに注意が必要です。客の動作に対して「できる」と企業が許可することになってしまいます。「いただける」ならば「いただく」の可能動詞で、「利用してもらえる」と企業の動作を表します。客にとっては、たくさんの企業のなかからその企業を利用する選択肢がある、というニュアンスになり、企業に許可されずとも客が自由意思で利用する状況を示せます。




敬語を使う意義は、使われたほうが敬意を示されたと感じるか否かに懸ります。敬語に対する感覚が人によって異なる現在、「正しい敬語」でなく「相手に正しい敬語と感じてもらえる敬語」を使うのは至難の業ではあります。
文化庁の「敬語の指針」が100%正しいとはいいませんが、現代の敬語の最大公約数としては使えると考えます。webのQ&Aサイトどころか敬語ハウツー本ですら誤りが多い昨今、敬語の使い方に疑問が生じたら、いちど「敬語の指針」に目を通してみてはいかがでしょう。