許容される日本語

日々変化する日本語。すでに許容されたのか、まだ誤用と扱うべきなのか。徒然なるままに考えます。

*当blogより引用する際は出典を明記してください。

出版はソーシャルメディア革命を生き延びるか?

何箇月か前に観たBBCの番組「Can TV Journalism Survive the Social Media Revolution?」でベテラン記者が「Second with the news and right rather than first and wrong.」と語ったのを憶えています。意訳すれば、誤ったスクープより正しい後追い報道のほうがよい、というところでしょうか(この「後追い」とはもちろん、第一報をほりさげた記事のことであって、いわゆる「パクリ」ではありません)。
速報性の点ではソーシャルメディアどころかTVにも劣る出版物ですが、ならばいっそう、入念に裏付けをとり深い考察を加えた記事でなくてはならないはずなのに、今年は大新聞社と大通信社が大誤報をやらかしてしまいました。iPS細胞を用いて心臓手術を実施した、という研究者の主張を、事実として報じたのです。
iPS細胞の臨床応用は、網膜再生すらこれからという段階です。動物でなくヒトの心筋に使ったとなると医学の素人でも眉に唾をつけたくなります。科学担当記者は素人読者より科学的知識をもつはずですが、以前からその研究者のことを記事にしていた(今回は掲載を見送ったほかの複数の大新聞社も然り)経緯も影響したのか、手術が「行われた」米国の大学に確認することもなく一面に載せました。
大新聞社であれ中小出版社であれ零細編集プロダクションであれ、私人が無責任にblogやSNSで発言するわけではないのですから、出版する内容についての事実確認は必須です。それ以前に、常識や論理的思考を働かせて、この話はおかしいぞ、と気づく力がなくてはなりません。


講演の抄録はライターの仕事の一つです。あるとき、TVにもよく出演する著名な評論家の講演の内容をまとめることになりました。評論家が講演の枕に使ったのは哲学者のことばです。教科書にも載っているような哲学者ですが、そのことばには聞き憶えがありません。困ったことに〆切までの期間が短く、とても哲学者の全集をしらみつぶしに読んで確かめる時間はないのです。しかたがないのでwebで検索しました。何件もヒットしたものの――それはすべて、件の評論家の発言とその引用でした。
結局、枕に触れずに原稿を書きました。web検索で何千件何万件の言及があろうと、事実かどうかわからない発言とそのコピーでは、なんの確認にもなりません。webは事実確認にも便利なツールですが(わたしも校閲にも執筆にも重宝しています)、不確実な情報を急速に増殖させるツールでもあります。


米国の雑誌『Newsweek』は印刷による発行を終了、新年より電子版のみとなります。無料があたりまえのwebの世界で有料の雑誌が十分な利益を生めるのかはわかりませんが、紙の雑誌の将来が危ぶまれる状況なのははっきりしています。
媒体が紙であれwebであれ、課金されても読みたいと読者に思ってもらえるかどうかに、出版が生き延びられるか否かが懸かるのでしょう。そのためには、十分な知識をもって十全に事実確認をした内容を簡明かつ知的刺激をもたらす文章で提供し、情報の氾濫のなかで信頼の置ける存在となるのも一つの道です。


SNSで世界中とつながれる時代ながら、逆に同じ考え方の人を選別して固まる傾向もあるような気がして、70億の主観だけでなく信頼できる客観報道も必要ではないかと強く感じる昨今。来年も、かたよらず、よく調べ、わかりやすく、をこころがけてお仕事しようと思います。




SEOって新しいアイドルグループですか、てくらいに「IT音痴」な私、カウンターも2年ほど前に設置したきり忘れてましたが、109515件になってましたので、いったんリセットします。今後は毎年、年末にリセットしてみよう。
そろそろ新年ですね。みなさまよいお年をお迎えください。来年は週イチ更新を継続できるといいなぁ。